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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3531号 判決

控訴人 岡崎美鶴子

被控訴人 亡池上宗吉遺言執行者長野佑二

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴控費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、原判決書2枚目表5行目中「土地」の下に「(以下「本件土地」という。)」を加え、同7行目中「自筆証言」を「自筆証書」に改め、同行中「遺言」の下に「(以下「本件遺言書」という。)」を、同9行目中「3」の下に「本件遺言書は同年9月8日浦和家庭裁判所において検認を了したが、」を加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  池上宗吉が昭和58年7月25日死亡したこと、同人はその当時本件土地を所有していたことは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、訴外木和田友子(以下「訴外人」という。)が宗吉から本件土地の遺贈を受けた旨主張する。

1  そこでまず本件遺言書の真否について検討する。

成立に争いのない甲第4号証の1、2、第6ないし第8号証、乙第1号証、原審証人木和田友子の証言によると、宗吉は、昭和35年ころ茶道を通じて訴外人と知り合い、それ以来交際を続けていたが、昭和54年9月30日妻梅子が死亡してからは訴外人を思う気持ちが募り昭和55年ころには結婚を申し込むなどその交際は深まつていつたところ、昭和56年9月10日○○市立病院に入院するに当たり、その前日である9日、池上家の財産は全部訴外人にまかせる旨を記載した本件遺言書(甲第2号証)を作成し、これを訴外人に交付したことが認められ、右認定に反する原審における控訴人本人の供述部分は前掲証拠に照らして措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

2  次に、前記遺言が本件土地を訴外人に遺贈する趣旨を含むものであるか否かにつき検討するに、前掲甲第2号証によると、本件遺言書には池上家の財産は全部訴外人に「まかせます」との記載があるけれども、「まかせる」という言葉は、本来「事の処置などを他のものにゆだねて、自由にさせる。相手の思うままにさせる。」ことを意味するにすぎず、与える(自分の所有物を他人に渡して、その人の物とする。)という意味を全く含んでいないところ、本件全証拠によつても宗吉の真意が訴外人に本件土地を含むその所有の全財産を遺贈するにあつたと認めるには足りない。

すなわち、前掲甲第4号証の1、2、第6ないし第8号証、乙第1号証及び右乙号証の存在、原審証人岡崎利治、同木和田友子(後記措信しない部分を除く。)の各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果によると、前示のように宗吉が訴外人に結婚を申し込んだものの、訴外人において年老いた母親の面倒をみていたことなどから実現するに至らず、同棲はもちろん婚姻届出もしておらず(原審証人木和田は入籍しなかつた理由につき種々供述しているが、納得し得る合理的な理由とは認めがたい。)、せいぜい訴外人が時折宗吉のもとを訪れて身近の世話をするという関係に止どまつていたにすぎず、宗吉がその所有にかかる全財産を遺贈してでも感謝の気持ちを表すのが当然であるといえるような関係にあつたものではないこと、宗吉は昭和43年12月1日妻梅子に対し全財産を与える旨の遺言証書と題する書面によつて自筆証書遺言をしたことがあつたが、これはその以前にも同様の遺言書を作成していたものを念のため再度作成したものであること(したがって、宗吉は遺言書及び遺贈につき十分な知識を有していたと推認できる。)、本件遺言書は昭和43年の遺言書とは異なり、ごく粗末なメモ書きといつた体裁のものにすぎず、入院前の慌ただしい時に作成したためそうなつたものとしても、その後より正式な問題のない体裁内容のものに書き直す時間的余裕が十二分にあつたにもかかわらずそれがなされていないこと、他方、控訴人は宗吉の一人娘であつて他に宗吉の相続人はおらず、控訴人が宗吉の反対を押し切つて結婚したことがあり、また昭和45年ころから宗吉と別居していて親子関係が必ずしもしつくりいつていなかつた面があつたものの、全くの断絶状態にあつたわけではなく、宗吉の孫である控訴人の長男利治とは何らのわだかまりもない交流があり、控訴人も時々は宗吉宅を訪れ、なにくれとなくその身の回りの世話をしていたことなどからしても、実の娘に何らの財産も遺さないような遺言をするような状況にはなかつたことが認められ、右認定に反する原審証人木和田友子の供述部分は到底措信できない。

右認定の事実関係によると、宗吉が本件遺言によつて本件土地を含む全財産を訴外人に遺贈する意思を表示したものと認めることは困難である。

もつとも、原審証人木和田友子の証言によると、本件遺言書を作成するに先立ち宗吉が全財産を「譲る」と記載した遺言書を作成しようとしたことが窺えないではないが、同証人はまた、「譲る」では言葉が強すぎるので、控訴人の立場を考え話し合つて円満に解決したいと思い、どうしても遺言書を書くのなら訴外人に任せてくれれば後日控訴人と話し合つていかようにでもするといつたところ、宗吉は本件遺言書を作成した旨述べているので、本件遺言書に先立ち「譲る」と記載した遺言書を作成しようとした事実があつたとしても、むしろ、遺贈につき確定的な意思表示をすることを避けたものと考えられ、宗吉の本件遺言の真意が全財産を訴外人に遺贈するにあつたものと認めることはできない。

三  そうすると、被控訴人の控訴人に対する本件土地につき浦和地方法務局昭和58年9月30日受付第47337号の昭和58年7月25日相続を原因とする所有権移転登記の抹消を求める本訴請求は、その余の点につき判断を進めるまでもなく、理由がなく失当として棄却を免れず、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当として取消しを免れず、したがつて、控訴人の本件控訴は理由がある。

四  よつて、原判決を取り消し、被控訴人の本件請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者である被控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 牧山市治 赤塚信雄)

〔参照〕 原審(浦和地 昭59(ワ)968号 昭60.11.26判決)〈省略〉

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